インパクトファクターは正義か

2019年のインパクトファクター (IF) が公表された。

前年と比べてIFが伸びたジャーナルはSNSなどで大々的に公表してエディターや査読者を称賛するのに対して、下がった場合は誰も気づかないことを願って息を潜めている感じがおもしろい。

良くも悪くも字面になりやすいし、取り合えずこの数字を言えばそのジャーナルに掲載する難しさやインパクトの様なものが伝わる。

ほとんどマウントを取るために存在する指標と言っても過言ではない。

これが僕の結論なのだが、これだけでは味気ないのでもう少し広げると、

一般的に言われる「インパクトファクター」はWeb of Science Group が発表するJournal Citation Report 内に載っている

The Clarivate Analytics Impact Factor のことで、計算方法は

https://mjl.clarivate.com/journal-profile

過去2年間に掲載された論文が1年間で稼いだ被引用数➗掲載された論文数 なので要はそのジャーナルの論文がどれだけ引用されたか。

そして分母の’citable items’ が何を意味するかも重要で、Clarivate によると

Citable items include articles and reviews. Document types that aren’t typically cited, e.g. letters or editorial materials, are not included in the Impact Factor denominator. 

となっている。

なのでCommentary や editorial がカウントされないところを突けばハックできるポテンシャルがかなりある。

実際これを逆手にとった某胸部心臓外科ジャーナルが全ての原著論文に必ずEditorial を1本ないし複数つけて全てに原著論文を引用させる、という荒技を取り入れて前年のIFが不自然な感じに伸びた。

僕の書いた原著ですらないExpert Opinionというカテゴリーの論文にもなぜかeditorialが4本ついて、editorial同士が各々まばらな解釈をして言いたい事を言いまくった挙句、元の議論を無駄に複雑にされて残念だった。

今年のIFは落ちて元の感じに戻ったのだが、何が ‘citable item’としてカウントされていたかを見てみると結構な数のeditorialが紛れ込んでいた

Editorial自体には引用がつかないので、厳密な因果関係やClarivate側の対処なのかはわからないが、成敗されていた印象。

上記では失敗した感じだがジャーナル側がスマートに頑張ればある程度はハック可能な指数なのだと思う。オープンアクセスやSNSプッシュ然り。

また、ガイドラインを出すと引用が爆伸びするらしいのだが某JACCエディターは他の某循環器系ジャーナルがガイドライン出しすぎ、という批判をしていた。

なのでガイドラインが出せない、もしくは出しにくい専門誌には逆風なのかもしれない。

また全国規模の良質データベースを専門誌の母体となる学会が管理している場合、そのデータベースを独占することで他では書けないペーパーを自身の専門誌に注入しまくり引用を稼ぐという方法もあると思う。というかある。

心臓外科でコンプラ的に必需の術後生存率を予測するリスクモデルもこのデータベースをもとにしたもので、

アップデートされる度に某専門誌にモデルの詳細が載るのでもはやIFの半分くらいこのモデルの論文頼みなのではないかという勢いで引用されている。

なので「様々なハックが可能なIF」は正義かという議論に戻ると、

載るジャーナルではなくて論文そのものの真価が大事、というマシュマロ論でまとめるのもアリなのだが、

本当の価値は時間が経たないとはっきりしない事が多いしIFがインパクトと読者を呼ぶというサイクルもあると思うので必要悪だと考える。

アカデミアが競争的である限り何かしらの指数は必要なのかと。

ただ小数第三位まで気にする様な数字ではないと思う。

また、異分野間ではIFの分布スケールが違うので専門分野の中では一番インパクトのあるジャーナルでも競技人口が少ないためにIFだけで見ると控えめな印象になる、ということもザラにあると思う。

臨床系は総生産数が多いので、無数の低IFジャーナルに支えられる高IFジャーナルが伸びやすく、他の技術系や基礎系と比べると実際の質よりもIFが高めにつきやすい様な気がする。

結局のところあまりこだわり過ぎないのが良いのだろうか。

専門分野内では「このジャーナルに載ればそれなりの質」という認識は割と共有されていると思うので、エディター陣が入れ替わったりジャーナルの指針が大きく変わる事を除けばIFの浮き沈み自体にそれほどの意味はないのかもしれない。

とはいえ毎年の移り変わりは楽しいし自分の論文が掲載されたジャーナルが伸びていると嬉しいので、それを楽しむ程度に留めておくのが僕の中での理想的なIFとの付き合い方だと思う。

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