論文リジェクトを減らすには

論文を書き続ける限り避けて通れないのがリジェクション

不思議なもので、リジェクションの方がアクセプトより尾を引く感じがする。

その論文への入れ込み具合もあるのだが、僕の場合アクセプトが+100くらいで嬉しいのに対してリジェクションだと-150くらいのダメージがある。

ただ、誰もが通る道だし、人の論文を斬りまくっているエディターの書いた論文がリジェクトくらうことだってザラにあるわけなので、こればっかりはある程度落ち込んだ後は気を取り直して次にいくしかない。

釣りっぽいタイトルになってしまったが、リジェクションを減らすのに大したトリックは恐らく無く、単純にその論文の価値を見極めて相応のジャーナルに送ればいいだけではないかと思う。ただこの見極めが多分めちゃくちゃ難しい。

ほとんどのリジェクションは著者の論文に対する評価とジャーナル側の評価が食い違うから起こるわけで、このギャップが狭まればリジェクションは減るはず。

リジェクションが少ないPIは質の高い論文を書いているケースが多いと思うのだが、それに加えて論文の質とインパクトを評価することに長けているのだと思う。そして、このジャーナルならこんな感じのトピックというジャーナル側の趣向が分かっていることも重要だと思う。

ただ、Natureに掲載されるにはNatureにサブミットしなければ可能性はゼロなのでリジェクションが多いことが一概に悪いわけではないと思うのだが、明らかなミスジャッジが続くと時間がもったいないし実際にサブミットに手間をかける下の人(僕)が謀反を起こす等の問題がある。

要は論文を過大評価するか過小評価するかだけなのであまり掘り下げる話ではないかも知れないが、今まで論文を一緒に書いた10人強のPIの間でこの振れ幅がかなりデカかったので一応書こうと思った。

自分の論文を客観的に評価してどのジャーナルに送るかを決めるのは実際かなり難しいと思うので、一生懸命考えているPIを責めることはできないだろう。

それを踏まえてざっとグループ分けすると:

  • ほとんどNEJMスタート
  • リーチからはじめて2〜4回リジェクト
  • 直球ど真ん中

ほとんどNEJMスタート

これはグループというか個人なのだが…まぁこんなやり方もあるんだな〜程度の話。

NEJMスタートはジャイアンのポリシーらしいのだが、昔ジャイアンと書いた論文はトップジャーナルに通りそうな要素がかけらもなく、メソッドに結構な大穴が開いていたし、実名でサブミットするのを躊躇うくらいその他諸々の問題があった。

速攻でNEJMにデスクリジェクトされた次はLancet に送ると言うので、

いやー、ヨーロッパ系は難しくないですか?

等と意味のわからないことを言ってなんとか米国ジャーナルだけに絞る様に説得したのだが半年程ひたすらサブミットし続けてようやく某底辺ジャーナルに落ち着いた。

*この話は実在の人物や団体などとは関係ありません。

リーチのジャーナルから2〜4回のリジェクトで落ち着く

これが僕の経験上では大半のPIではないか思う。

数段上のリーチのジャーナルからはじめて徐々に落として2〜4回以内に決める印象。

ただデスクリジェクトのシステムがない場合(IF~7以下のジャーナルにはほとんどない?)はどれだけリジェクトの可能性が高くても一回の査読に1〜1ヶ月半ほどかかるので2回くらいがモチベーション的な観点からの許容範囲な気がする。

なのでかなり大雑把な話だが、よほどの自信がない限りは、例えばIF 10のジャーナルにデスクリジェクトされたら4-6くらいまで一気に落とすとその下が限られるので収束が早まる感じがする。

余談だが、リジェクトされた後にその格上ジャーナルへのアクセプトはあり得るのか気になったので一度試してみたことがあった。

自信のあった論文だったということもあったのだが6つのジャーナルからリジェクトされ、IF1あるかないかのジャーナルからリジェクトが続いた後に手直し無しでIF5+のジャーナルに送ったものが通ったという経験がある。

もちろんIFは大雑把な指標でしかないしジャーナルの特色に左右されるところもかなりあると思うのだが、この振れ幅には驚いた。

ただ、執筆終了からアクセプトまで2年くらいかかったのでもう試そうとは思わない。

直球ど真ん中

1〜2回のサブミットでほとんど決めてしまうイケイケなPIもいると思う。

ただし、割とコンサバティブなアプローチをとっている(と思う)のでど真ん中というよりは論文を過小評価しがちな気がする。

そしてリジェクトで姉妹誌に移すサジェスチョンが来た場合はかなり格下でもほとんど受けている印象。

なので論文が掲載に向かって動くのは確かに早いが、結構チャンスのあったであろうもう少し良いジャーナルをトライできないのはちょっと残念かもしれない。

多分その辺の小さな違いには時間をかけずに、ある程度のペースで論文を出し続けるのも大事な要素として考慮しているのではないかと最近考える。

まとめ

ジャーナル選びにもいろいろなスタイルがあるなという話。

自分の論文を客観的に評価できる様になると相応のジャーナルに送りやすくなるのかもしれないが、査読自体がそこまでscientificなプロセスではないので元気のあるうちはリジェクト覚悟で結構リーチのジャーナルからはじめてもてもいいのではないかと思う。

上を試さないでアクセプトになると、もしあのジャーナルに送っていたらどうなっていただろう、と夜な夜な考えてしまう様なことは…ないだろうか。

   

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this: